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quadruplus!!は獣化小説を公開したり、獣化情報を紹介したり、そのほか色々なことを乗せていくブログです。
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太陽竜のゾラ、ついに後編です!

前回のあらすじ:ドラゴンの少年、ゾラと出会った少女、ノゾミ。突然現れた別のドラゴンと、謎のドラゴンスレイヤーに襲われ、ノゾミはドラゴンに変身してしまう。突然のことに戸惑いを隠せないノゾミは何も出来ないまま敵に襲われ、気を失ってしまう。

さて、ノゾミは、ゾラは、どうなってしまうのか!続きは右下から!

拍手[7回]


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 いつからだろう。パパと気持ちがすれ違うようになってしまったのは。男で一つで育ててくれたあの人を、疎ましいと思うようになってしまったのは。
 私が物心ついた頃には、既にママはいなかった。その理由を、パパは頑なに語ることを拒んでいた。そのことに微かな不信感を覚えたのは歳が二桁になるかならないかの頃だっただろうか。さりげなく聞けばはぐらかされ、ストレートに聞けば曖昧な理由で怒られた。多分そこから、私たちは少しずつ、少しずつ距離が離れていってしまったのだろう。
 パパへの反抗心だけが理由ではなかったが、怖いもの見たさでパパから禁じられていた外の世界に一人で繰り出したのが、13歳の時だったと思う。いざ外に出てみれば、不思議と外の世界への恐怖心は無かった。むしろそんな自分がどこか異質なのではないかという怖さの方が強かった。

「その不安が、ただの杞憂ではなかった今の感想はどうかしら?」

 不意に後ろから誰かに声をかけられる。その声を聞いて私は慌てて後ろを振り向いた。聞きなれた声。見なれた顔。……いや、聞きなれた見なれたなんてレベルじゃあない。それは紛れもなく私だったのだから。

「そう、私は貴女。でも、別にドッペルゲンガーじゃあないから安心して」
「……自分に会うなんて、それじゃあここは、夢の中ってことかしら?」
「そうね、ほぼ正解だわ。でも完璧な正解じゃあない」

 もう一人の私は気味の悪い笑みを浮かべて私の周りをゆっくりと歩きまわり始めた。

「覚えていないかしら? さっき私の身に何が起きたのか」
「何が……?」

 そうだ、確か何か自分の身に重大な出来事が起きたはず。なのに、なぜか頭に靄がかかったようで、すぐに記憶をたどることが出来ない。その時急に私は何か妙な不安感に襲われ、にわかに自分の身体を見回した。柔らかな肌。長い指。頭に手を伸ばせば、触れるのはベリーショートの髪。紛れもなく、いつも通りの私。目の前にいる私と、同じ私。

「そう、私は今とっさに自分を確認した。……自分の身に、大変なことが起きたことを、何となく覚えていたからよね」
「……貴女は一体誰なの?」
「言ったでしょう? 私は私。つまり、貴女。……別に、貴女の中に眠るもう一つの人格でも、貴女の中に眠る、忌わしいモンスターでもないわ」
「私の中の……モンスター……?」

 何かを思い出しかける。何だろう、この胸が張り裂けそうな、息苦しい感じは。自分が、自分で無くなってしまう不安感は。

「私の存在は、あえて言えば……そう、ブレーキかしら」
「ブレーキ……?」
「私は……つまり貴女は、精神的にも肉体的にも非常に大きなダメージを負った直後。この夢は、そしてもう一人の貴女としてのこの私は、そのダメージを受けてとっさに生まれた存在。貴女のダメージを、少しでも和らげるためにね」
「私の、ダメージ……」

 私は頭を抱える。思い出さなきゃいけないことがある気がするけど、それを思い出してはいけない気もする。何だろう、この不安定な焦燥と危機感は。

「私はそれを思い出さなきゃ。現実には戻れない。でも、それを思い出せばもう私は以前の私には戻れない。……言っている意味、分かるかしら?」

 もう一人の私が、哀しげな目をしながら、口元が笑っている。何だこの私は、私の、何を笑っているんだ?

「……意味を理解してはいないけれども、意図は概ね理解出来たと思うわ……もう一人の私」
「それならいいけども、事の重大さがまだピンと来ていないんじゃあないかしら?」
「だって、記憶が……」
「じゃあ、少しだけ思い出させてあげようかしら?」

 そう言ってもう一人の私は自分の左手で、私の右手と握りしめた。その瞬間、右手全体に痛みに似た、しかしそれとは異質の形容しがたい刺激が襲ってきた。私は慌ててもう一人の私の手を振りほどいた。
 しかし、既に遅かった。私が恐る恐る右手を見ると、私の手は異形のモノへと変化していた。白く柔らかな獣の毛が、私の手を覆う。指は短く変化し、指先からは黒い爪が生えていた。恐る恐る、右手の指を曲げようとすると、間違いなくその異形の手の指が曲がる。
 これは、私の手だ。

「どう、少し思い出したかしら?」

 私は睨みつけるようにもう一人の私を見た。すると、彼女の左手もまた、私と同じように異形のモノへと変化していた。

「……私が、つまり貴女がこの姿を自分できちんと確認したのは、あの女の作った氷の鏡に映った姿だったせいかしらね、私は、鏡に映った貴女ってことになるみたいね」

 もう一人の私は冷静に、冷めた様子でそう語った。
 そのわずかな時間で私は、大分靄につつまれていた記憶を思い出していた。そして、思い出せば思い出すほど、あまりのショックと、驚きと、恐怖で、私の身体が震え始めた。そうだ、私は。

「私は……私は、本当に……ドラゴン、なの……?」
「……私は貴女。貴女が知る以上のことを、当然私は知らないわ。私が、貴女が、ドラゴンであるという現実を受け入れるなら、私は、貴女は、ドラゴンなのよ」

 もう一人の私は子供に言い聞かせるように、しかしどこか冷たい口調でそう言い放った。私はもう一度右手を見る。ヒトとしての手とは、似ても似つかない、モンスターの前足。これが自分だと認めなければいけないのか。この受け入れ難い事実を。

「受け入れたくないのなら、受け入れなければいいのよ」

 もう一人の私の声が、私の耳をくすぐった。その言葉の気味の悪い心地の良さに、全身鳥肌が立った。

「私に、現実を捨てろと?」

 また、もう一人の私が笑った。悲しげな眼をしたまま、口元は嬉しそうに緩む。

「ドラゴンになりたくないのでしょう? 私は人間なんでしょう? だったら、目を覚ます必要なんかないわ。このまま、ここにいましょう? 目覚めれば私は、貴女は、現実の残酷さに耐えられないかもしれないわ」
「……違う」
「違う?」
「……受け入れ難い現実を受け入れないことが……現実と向き合わず殻に閉じこもることが、解決法だとは思わない!」

 私がそう叫んだ瞬間、私の左手に先ほどと同じ刺激が走った。私は身をよじらせながら、異形と化した右手でその左手を押さえる。左手もまた、瞬く間に白い毛で覆われた異形のものへと変化した。

「受け入れ難い現実を受け入れても、それは何も解決してくれないわ」
「受け入れる事は解決法じゃあない……受け入れる事は、前を向く事だわ。解決法を探すために!」

 背筋に刺激が走る。私の顔は苦痛で歪み、立っていられずに異形と化した手を地面に付き、伏した。見えないが、背中もきっと白い毛で覆われてしまっているだろう。体躯も、作り変わっていってしまう。顔が、首が、見えない力で引き延ばされていく。肩甲骨の辺りから、尾てい骨のあたりから、何かが生えてくる。
 もう一人の私の問いに答えるたびに、というよりは、答えている間に、私の身体を変化が襲っていく。私が、私でなくなっていく。人間で、いられなくなっていく。

「そうは口で言っても、私は、貴女はいつも現実と向き合ってこなかったじゃない」
「……そうね、私は……パパとのすれ違いを、パパのせいにしているのかもしれない……それが現実を向き合っていないことになるのかもしれない……でも!」
「でも?」

 反論しようと見上げた先に見えたのは、私の知る私の姿じゃあなかった。私は目を見開いて、絶句した。
 目の前にいたのは、白い毛で覆われた獰猛そうな獣。見なれぬ、幻想的な獣。前に突き出した鼻先。青い瞳が、悲しげに輝く。微かに開いた口の中には、鋭い牙が微かに見えた。
 一度、あの女ドラゴンスレイヤーが創り出した氷の鏡で見てはいる。見てしまってはいる。しかし、とっさにそれが私の姿だと、ドラゴンになってしまった自分だと、理解はまだ出来なかった。

「おぞましい姿でしょう? これが私の、貴女の本当の姿。私は、貴女は、人間なんかじゃあない。この、純白のドラゴンこそが、私」
「っ……!」

 違う!
 そう言いかけて私は、言葉を呑んだ。
 私は恐る恐る首をひねる。すると容易に自分の全身を高い位置から見下ろすことが出来た。白い毛で覆われたその怪物の身体を、自分だと認める事の方が、よほど難しいぐらいに。
 しかし、そう。違わない。私がいるべき場所に、私はいない。
 鋭い爪を持つ四つの足。長く伸びた尻尾。ここにいるのは私の心を持った、異形の怪物。
 ただ一匹の、純白のドラゴンがいるだけだ。

「貴女は、私に、自分に、向き合えるの? 人ならざる者に身をやつした自分に、向き合えるの?」

 その問いに、私は何も答えられなかった。向き合えると、胸を張って答えるだけの自信が無かった。喉で何かがつっかえているかのような、言いようのない心地の悪さばかりが残っている。
 それでも、私はゆっくりと首を上げる。言わなきゃいけない。見なきゃいけない。私は、私と向き合わなきゃいけない。私は。

「私は」
「何も言わなくてもいいわ」

 大きく、太く、短く変化してしまった、人間で言う人差し指を私の唇にそっと当て、もう一人の私は、私の言葉を制止した。

「私は貴女。何を言うのか、私には分かるもの」
「……貴女は私なのに、貴女が私の何なのか、分からないわ……」
「言ったでしょう? 私は貴女にとっての、ブレーキの様なもの。貴女が貴女であるために、どんな姿になってしまったとしても、ノゾミ・ルーニーとして生きるために、私は今この時だけ、貴女のために、私のために生まれたの」

 もう一人の私は指を私の口元からそっと離しながら、一歩、二歩、後ろに下がり、そして首を少し傾けながら、ほほ笑んだ。獰猛な獣とは思えない、穏やかで、優しい笑顔。
 私は後悔していた。じっと目の前のもう一人の私を見つめながら、後悔していた。
 何が異形だ。何がおぞましい姿だ。今目の前にいるもう一人の私は、自分で口にするのも恥ずかしいぐらいに、美しく、気高い獣ではないか。

「……私、自分がこんな風に、自分に見惚れるようなナルシストだと思わなかった」
「そういう自分からも、逃げていたのよ。私は。ずっと、ずっと」
「そう、かもしれない……私は、自分の弱い部分を、周りのせいにして。何かのせいにして。ずっと、逃げてきたのかもしれない……、うん、私が逃げていたのは、現実なんかじゃあなくて、自分だったんだ……自分の弱い部分とか、自分の内側とか。気づくのが、怖かったんだ……」
「そう、私はもっと、私を好きになっていいんだ」

 目の前の純白のドラゴンは、優しく微笑んだ。そして再び、私に近寄って私の前足をスッと取り、指を絡める。もう一人の私の、青い美しい瞳に、微かに白いドラゴンが映り込む。

「どんな姿でも、どんなことを考えて、どんな風に生きても、私は私。それでいいの」
「……自分に言うのって変だけど」

 私は、一つ息を小さく吸い、目の前のドラゴンを真っ直ぐ見つめて、短く告げた。

「ありがとう」

 目の前の白いドラゴンは、穏やかな笑顔で返すと、重ね合わせていた前足を、ゆっくりと離した。そしてその大きな翼をはためかせ、私の目の前から飛び立った。

「私は、貴女は、大丈夫。向き合う私がいなくても、貴女は自分に向き合える」

 もう一人の私の声が聞こえる。私はその声に抱かれながらゆっくりと目を閉じる。まるで眠りに落ちるように、眠りから覚めていく。静かにまぶたを開ける。まだ霞む視界には、白いドラゴンはもういない。代わりに見えたのは、黄色いドラゴンだった。私はそのドラゴンを知っている。彼の名を呼ぼうと、私は声を出す。

「キュウゥ?」

 普通に喉から、いつもするように声を出そうとしたが、出てきたのは甲高い鳴き声だった。その事で、ふと私は改めて気づく。さっきまでドラゴンの姿で普通に喋ることが出来たあの夢は、やはり夢だったのだと。そして夢から覚めても私は、ドラゴンの姿のままであることを。

『よかった、ノゾミ……目が覚めたんだね』

 目の前の黄色いドラゴンが優しく穏やかに鳴き声を上げると、それと同時に私の頭に少年の声が響いた。間違いない。やはりこの黄色いドラゴンは、ゾラだ。

『ゾラ! 無事だったのね』

 私は手、とは呼べなくなった前足をしっかりと地面につけ、後足に力を込めて四本の足でその場に立つ。慣れないけれど不自然な感じは無かった。そのことへの違和感ではなく、自然に四足で立つことが出来ている自分への違和感の方が強いぐらいで。

『大丈夫?』
『ええ、攻撃されたところが少し痛むけれど、大したことじゃあないわ』
『あ、そうじゃなくて、その……』

 ゾラの少し戸惑ったような表情を見て、私は察した。そうだ、気絶する前、私はドラゴンになってしまった事実に困惑し、取り乱してしまった。そのことを、ゾラは心配してくれたようだった。

『そう、ね。大丈夫よ……私は大丈夫。ちゃんと、自分と向き合ったから』
『自分と?』
『ええ。そうね、少しだけ……少しだけ、ビリー・ミリガンの気持ちが分かったわ』
『ビリー……誰だいそれ?』
『何でも無いわ。古い昔話よ』

 ゾラ・ドラゴンはその目をきょとんとさせて長い首をひねった。私はその様子に微かに笑みを浮かべたが、私はすぐにまじめな表情を浮かべてゾラに問いかけた。

『そういうゾラは、大丈夫だったの?』
『うん。こう見えて結構丈夫だから』

 ゾラはそう言うが、身体には生々しい傷跡があるのがはっきりと分かる。確かに致命傷はなさそうだし、あれだけ攻撃を受けていながら元気そうにしているのだから、丈夫だというのは事実だろうけど、見ていて痛々しさを感じた。
 私はそんなゾラの事を心配げに、ついまじまじと見てしまっていたが、ふと気付くとゾラもまた、私のことをじっと見ていた事に気づく。そしてにわかに、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。だって考えて見れば、そうだ。私も、ゾラも、今、ドラゴンの姿。つまり、それは、どういうことかというと、何も身につけていないということになるわけで。

『ノゾミ、さっきは、その……気付かないとはいえ、攻撃しようとしてごめん』
『えっ……ああ、大丈夫よ、直前でゾラ、ちゃんと気づいてくれたし』
『……正直、押されている戦いの中で、君の姿をきちんと確認できていなかった。……冷静になっていれば、すぐに気づけたはずなんだ。君のその、ドラゴンの姿を見たときにね』
『えっと……何の話?』
『……ノゾミ、君に言わなきゃいけないことが……一つあるんだ』
『言わなきゃいけない……こと? 私に?』

 私は一つつばをごくりと飲み込んだ。妙な緊張感で、手に汗をかきそうだったが、今は前足となっているし、汗もかくはずはないのだけれども。

『僕の探していたドラゴンは、ノゾミ、おそらく君だ』
『……えっ』
『純白の毛を持つ、美しいドラゴン。僕が聞いていた、ドラゴンのイメージそのものなんだ。今の君の姿は』
『ま、待って! 私、今初めてドラゴンになったのよ!? それなのに……』
『分かっている、正しく言えばきっと、君の祖先に当たるドラゴンの話を、僕が聞いたんだ。……僕には、君の力が必要なんだ』
『それって、どういう……?』

 ゾラの言葉の真意を確かめようとした時、不意に居住区のシャッターが開く音が聞こえ、私たちはとっさに音のする方を見た。

「あらあらぁ? もう回復しちゃったのぉ? 本当にタフネスなのねぇぇぇ?」

 甲高くて、ざらつくような、耳障りな女の声。全身の毛がざわつくのを感じる。間違いない。あの女ドラゴンスレイヤーだ。

「ふふ、ふふふ。そんなに睨まないでよぉ、仔ドラゴンちゃぁぁぁん?」

 マスクを付けていても、目元口元がにやけているのが分かるぐらい、女ドラゴンスレイヤーは満面の笑みだった。そして彼女の後ろからは二人の男性が一緒に居住区から出てきた。一人は見たことのない、屈強な男。そしてもう一人は。

『パパ!』

 私はとっさにそう叫んだ。しかし勿論、私の声は人間にはただの鳴き声にしか聞こえない。パパに、私の声は、言葉は、届かない。

「これが、言っていた"居住区を襲おうとしたドラゴン"かね?」
「えぇ、その通りでございます!」
「そうは、見えないのだがね?」
「まだ子供のドラゴンですからぁ、居住区に敵意は無いでしょうしぃ、気が立って無ければ大人しいものなのですけれどねぇ? 取り逃がしてしまったあの黒いドラゴンが現れたことで、驚いてしまったのでしょうねぇ。ふふ、ふふふ。とはいえ、とはいえぇぇ、放置しておけば、厄介なドラゴン……ここで始末してご覧にいれましょうかねぇぇぇ?」

 狂気の混じった、女ドラゴンスレイヤーの言葉が、私の心に突き刺さる。始末……それって、何をする気なのか。

『落ち着いてノゾミ、落ち着いて』
『……ゾラ』

 怯える私に、ゾラは小さな何声をかけてくれた。危うくまた、恐怖に飲み込まれて取り乱すところだった。自分と向き合うことは出来るようになっても、短い間に続けてショックを受けた私の心はまだ、癒えてはいない。

『ごめん。ありがとう、大丈夫』

 私は短くそう答えた。ゾラ・ドラゴンは小さく頷いて見せた。

「実は、さっきから娘の姿が見当たらないのだが」
「あら! あらあらそれは大変! 探させていただきましょう!」
「……昔話になるのだがね」
「はいぃ?」

 不意に切り出したパパの話に、女ドラゴンスレイヤーの声が裏返った。

「昔のこの居住区に美しい女性が住んでいてね、同じくこの居住区に住んでいた、若い政治家と恋に落ちたのだけれども」
「あのぉ、ひょっとしてご自分の馴れ初めお話しされようとなさってますぅ? 今全然関係ないと思うんですけどぉ?」
「……長い話を嫌うのであれば、簡潔に話させてもらうが。その美しい女性というのが……人間ではなくてね、ドラゴンだったのだよ。……純白のね」
『っ!!』

 パパのその言葉に、周囲は息を呑んだ。私はすぐにその言葉が頭に入ってこなかったが、ゆっくり、ゆっくりその言葉を読み解く。若い政治家が、パパのことだとすれば、その美しい女性は、純白のドラゴンは。
 パパはゆっくりと私を見上げると、私の姿をまじまじと見ながら、小さく呟いた。

「彼女は、かつてこの街を襲おうとした悪いドラゴンと戦うために正体を明かして……私の元を去っていってしまった。……美しくて、優しくて、困っている人間がいたら、放っておけない人……いや、ドラゴンだったよ。おまえは、性格も……姿も、ママに似たんだな……ノゾミ」
『パパ……!』

 パパは切なそうにほほ笑んだ。胸が詰まりそうだった。この姿になっても、パパは私だと気づいてくれた。
 私はようやく理解した。パパは、ママが自分から去っていってしまったことが、きっとトラウマになっていたのだろう。だから、パパに反抗して自分から離れようとする私のことが、ママに重なり合ってしまったのだろう。

「ぁぁぁぁぁあああああ!! もうっ! 台無し! 最悪!」

 急に周囲に甲高い声が響き渡る。見れば、女ドラゴンスレイヤーが頭をかきむしりながらわめき散らしていた。

「エーナ、落ち着け」
「落ちつけだと!? ローナ、よくそんな事が言えるなぁ!? 折角、対ドラゴンの用心棒として契約料ふんだくろうと思ったのに、台無しじゃあねぇか!」

 エーナと呼ばれた女ドラゴンスレイヤーは、自らの魂胆を明かすとともに、私を睨みつけた。

「ちっ……利用価値があると思ってドラゴンに目覚めさせたのが失敗だった……まさか娘だったとはねぇ……だが!」

 そう言って女ドラゴンスレイヤー、エーナは持っていた短剣を振り上げ、目にもとまらぬ速さでパパに向かって振り下ろした。

『パパッ!』
「父親は、普通の人間ってことは……ふふ、ふふふ。どうなるか、想像は容易よねぇぇぇぇ!?」
「エーナ、やり過ぎだ! 命を奪うやり方は筋が違う!」
「この状況で、そんなことよく言えるな、ローナぁ!」

 彼女たちの内輪もめさえ、聞こえなかった。頭が真っ白になりそうだった。パパのマスクとゴーグルが、パパの足元に落ちる。パパの口元から、赤い液体がこぼれ出す。何だろうあれは。何が、起こったんだろう。パパが、毒に犯された? パパは、普通の人間だ。赤い雪に触れれば、吸い込めば、ものの数秒で。

『いっ……嫌……! 嫌ぁぁぁっ!』

 私は、無我夢中でその場で叫んだ。それはドラゴンの咆哮となり、ビリビリと空気を震わせた。こんなこと、信じたくない。折角、パパの想いが少しわかって、パパと向き合って話が出来ると思ったのに。

(……大丈夫……)

 失意の私に、不意に声が聞こえてきた。……聞こえてきたというと、少し違う気がする。その声は、私の声そのものだったのだ。その声の主が誰なのか、私はすぐに気が付いた。夢に出てきた、もう一人の私だ。

(大丈夫……私には、貴女には、パパを救う力がある……)
(パパを……救う力……?)
(それは、ゾラを助ける力。それはこの星を救う力。世界を、変える力)

 もう一人の私の声とともに、私はゆっくりと目を開く。ふと、自分の身体が輝いていることに気が付いた。

「何……何なのよぉぉぉ……何なんだよぉぉぉこれはぁ!」
『ノゾミ! 君の力で……君のお父さんの、毒を……赤い雪を浄化するんだ!』

 ゾラがそう私に叫んだ瞬間、私はもう一人の私の言葉を理解した。そして一つ小さく息を吸い込み、全身に力を込めて、もう一度高々と咆哮を上げた。私の身体にまとわりついていた光が周囲に霧散し、積っていた赤い雪を一瞬にして消していく。溶かすのではない、文字通り、赤い雪が消えていく。

『話の通りだ……世界を滅ぼした赤い雪……その雪を浄化できるドラゴン……ノゾミ、やっぱり君が、そうだった……!』
「赤い雪を浄化出来るドラゴン……!? そんな、そんなものが……!?」

 エーナはうろたえた様子だったが、程なく呼吸を取り戻したパパを見て、その表情は焦燥のものへと変わっていった。

『パパ……よかった……!』
「なんで……なんでなんでなんで!? 今回に限ってこんなにうまくいかないのよぉぉ……上手くいかないんだよぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 エーナはそう叫ぶと同時に、彼女の周りに冷たい風が吹き荒れた。すると彼女の身体がみるみる肥大し始め、彼女の姿は異形のものへと変わっていった。青い鱗が全身を覆い、手足は鋭い爪が生え、長い尻尾が姿を現す。鼻は前に突き出し、鋭い牙が並ぶ。

『やっぱり、貴女もドラゴン……!』
『そう……私は氷竜のエーナ!』

 青いドラゴンへと変貌を遂げたエーナがその前足を振るうと、氷の礫が私とゾラを襲った。

『散々邪魔してくれて……氷漬けにしてやる!』
『くっ……! ノゾミ、君の力を僕に貸してくれ!』
『この力を……どうやって……!?』
『空に覆う雲を……赤い雪の元凶を、取り払うんだ!』
『雲を……!?』

 エーナ・ドラゴンの猛攻の中、私は天を仰いだ。空を覆う重苦しい赤い雲。私はまた一つ息を吸い込んで、そして大きく咆哮を上げた。再び私の身体の周りに光が現れ、空気が震え、エーナ・ドラゴンの放つ氷をはねのけ、そして霧散した光が空の雲へと伝わった。瞬間、長くこの地を覆っていた雲がはじけ飛ぶように消えてなくなり、地上に幾百年ぶりかの陽の光が降り注いだ。青い空が、広がっていく。

『これが……空……本当の、空……』
『眩しいぃ……! だが、だから何だって言うのぉ!』

 エーナ・ドラゴンは甲高い声を上げて、前足を大きく振り上げた。すると今度はその前足に氷がまとわりつき、瞬く間に氷の爪を形作った。エーナ・ドラゴンはその爪を私に向かって思い切り振りおろした。

『っ!』

 私はとっさのことに身動きとれずその場で目を瞑るしか出来なかった。しかし、彼女の氷の爪が私を捉える事は無かった。私が目を開くと、そこには黄金色に輝く一匹の竜の姿があった。

『……ゾラ……ゾラなの?』
『ありがとう、ノゾミ。これで僕は……本当の力で戦える!』

 そう言ってゾラ・ドラゴンは、受け止めていたエーナ・ドラゴンの氷の爪を、軽々と砕いて見せた。

『な……何なの……何なんだよぉぉぉ貴様ぁぁぁ!?!?』
『僕はゾラ。……太陽竜のゾラ』
『太陽……!?』
『僕は、太陽の光を得る事で、ドラゴンとしての力を引き出すことが出来るんだ。だけど、この世界……雲で覆われたこの世界じゃ、太陽の力を使うことが出来ない。……雲の上まで敵をおびき出すことも出来ないしね……でも、今の僕なら!』
「いかんエーナ、よけろ!」

 エーナが連れていた屈強な男、ローナがそう叫び終わるかどうかだった。ゾラはすぅっと息を一つ吸い込むと、ゾラの口から一筋の光が、目の前のエーナ目掛けて放たれた。そしてすぐに辺りがまばゆい光で包まれて、視界を奪われた。
 次に私が目を開いた瞬間、黄金のドラゴンの前に、あの青いエーナ・ドラゴンはいなくなっていた。私が思わず周囲を見渡すと、少しだけ離れた場所に一人の女性が倒れているのを見つけた。間違いない。人間の姿のエーナだった。

『これが……太陽竜の力……!』
『違うよ、ノゾミ』
『えっ?』
『僕だけじゃない……君の力があって……浄化の力があって、僕は初めてこの力を出せたんだ。これは、僕と君の、二人の力だよ』

 そう言ってほほ笑む黄金のドラゴンに、私は顔が熱くなるのを感じた。……今初めて、顔が毛で覆われていてよかったと感じていた。この顔なら、顔色が悟られることがないのだから。

「まさか、こんな子供のドラゴンにエーナがやられるとはな」

 微笑んでいた私たちは、すぐに顔を引き締めた。そう、エーナと共にいた屈強な男、ローナ。この男がまだ残っていたということに気付いたのだ。

『……お前も、ドラゴンなのか?』
「さっき、貴様と戦っただろう?」
『……あの黒いドラゴンが、お前なのか』
「ああ、そうだ。俺がこの居住区を襲い、エーナがドラゴンスレイヤーになり済まして契約金をふんだくるつもりだったが……まぁいい」

 ローナはそう言うと、身構える私たちをしり目に、倒れているエーナに近づき、彼女を抱きあげるとそのまま背負い、私たちに背を向けてその場を離れようとした。

『逃げるつもりか!? 人の命を、奪いかけておいて!』
「……勝てるつもりでいるのか? 太陽の力が無ければ戦えない貴様に、ドラゴン本来の戦い方さえ出来ていない貴様に、この俺が」

 振り返ってゾラに見せたその睨みに、私とゾラは一瞬身震いした。……確かに、さっき戦った時、この黒いドラゴンは、本当の力を出せてはいないとはいえ、ゾラを圧倒していた。この男の言葉、強がりじゃあないだろう。

「……貴様が旅を続けるなら、いつかどこかで、会うだろうな」

 そう言って、エーナを背負ったままローナは、ゆっくりと私たちから離れていった。
 私は、ようやく緊張から解き放たれたことを感じると、前足後足の膝を折り曲げて、その場に伏せた。

『ノゾミ、大丈夫!?』
『大丈夫よ、大したことじゃあないわ……すこし、気が抜けただけ』

 私は首を上げて空を見上げた。初めて見る、青空。眩しい太陽。赤い雪のない大地。この光景を、私が創り出したんだ。そして私はパパの方を振り返った。

『目覚めたら、ちゃんと話さなきゃ……パパと、きちんと向き合って』
『出来るよ、ノゾミなら。今のノゾミなら』
『……うん』

 ゾラの言葉に、私は小さくうなずいた。赤い雪の降らない世界の空気は、信じられないほど住んでいて、呼吸する度心地がよかった。少しだけ、憧れていた昔のこの世界に近づけたような気がした。

 それからしばらく私は、パパの看病を続けた。私が毒を浄化しても、しばらくの間は後遺症が残ってしまっていたが、すぐに回復して、仕事に戻るようになった。その間、私とパパは色々な話をした。今までの溝が嘘のように、私たちはお互いの気持ちをはっきりと伝えあうことが出来た。

 そして。

「……行くんだな」
「うん」

 あれから一カ月。私は居住区を出る事を決めた。パパが全快したのを契機に、そのことをパパに打ち明けると、少し寂しそうな顔をしたが、止めることなく静かに「そうか」と言ってくれた。

「あのね、パパ」
「何だ?」
「……ありがとう」

 私はさよならも、いってきますも、言うのをためらった。でも何か言わなきゃと思って出てきた言葉は、今までの気持ちをそのまますぎるほどに現したその言葉だった。

「無事を、祈ってるぞ」

 パパもまた、いってきますを言うことは無かった。それは寂しいこととも感じたけども、溝が埋まってもこういう時に素直になれないのは、お互いさまで、それが私たちがしっかり親子何だっていうことを感じさせてくれて、何だかむず痒かった。

「ゾラくん、娘を頼むよ」
「はい」

 そう、旅は私一人じゃあなかった。ゾラは一カ月、この居住区にとどまり、私と共にパパの看病や壊れた居住区の修復を手伝ってくれていたのだ。そして、私が旅立つのを決めた時、彼もまた共に旅に出る事を決めたのだ。
 私たちは居住区を出ると、眩しい陽の光が私の目に飛び込んできた。ドラゴンである私やゾラでなくても、今では普通の人間でもマスクもゴーグルも無しに外を出歩く事が出来るようになった。
 赤い雲が風に乗って流れてくることもない理由をゾラに聞くと、ゾラも詳しくは分からないらしかったが、私の放った毒を浄化する光がきっと、この地を守り続けているんだろうと答えてくれた。
 また、同じ力を持っていたはずのママがこの地の毒を浄化しなかった理由について、きっと持っている力に気づいていなかったのだろうと教えてくれた。浄化竜の祖先は遥か昔、この地に逃れてきたと言われ、そのまま静かに暮らすために能力を秘めるようになり、子孫には伝えられてこなかったのだろうと。
 もしママが自分の力を知っていたら、きっとこの地を救っていたはずだ。
 私は居住区を振り返る。長く過ごした、私の故郷。

「寂しい?」
「そりゃあ、そうね」
「でも、一緒に来てくれるんだね」
「……ゾラがいてくれれば、世界はきっと変えられる。私たち二人の力で」
「そう、だね。そうなるように頑張ろう」
「それにね」
「それに?」

 私の言葉に、ゾラは私の方を見ながら首をかしげた。私は笑顔を浮かべながら、言葉をつづけた。

「私、ママを探してみようと思うの。パパにはそれが旅の目的だって、黙っていたけど。パパがね、ママのことを今でも思っているよって。そして、私のドラゴン姿をママに見て貰いたいの」
「いいと思う。僕も、ノゾミのお母さん探すのに協力するよ」
「ありがとう、ゾラ」

 そう言って私たちはお互い笑った。赤い雪に、悪いドラゴンに、苦しめられているこの世界を、私たちの手で変えていく。それは途方もなく、難しい道のりだと、口にはしないけどお互い気づいている。それでも私たちは、やっと自分の望んだ世界への道が拓けたこの喜びに、今は胸が高鳴っていた。

「いこう、ノゾミ」
「うん!」

 そして私たちは、雪のない大地を駆けだした。すぐに私たち二人の身体が大きくなっていく。二本足で蹴っていた大地を、すぐに四本の足で駆けだす。ゾラの身体には太陽で輝く黄金の鱗が、私の身体には太陽で輝く、銀色の毛皮が、覆っていく。二人の背中から大きな翼が生える。そして二人は二匹になって、その翼をはためかせた。
 透き通る、美しい空。澄んだ空気。この世界を、私たちの手で広げていこう。私は長い首で空から大地を、そしてさらに上空を見渡しながら強く心にそう誓った。

『ゾラ』
『どうしたの、ノゾミ?』
『……ううん、何でもないよ。ちょっと名前を、呼んでみただけ』
『……変なノゾミ』

 もう一つ、ゾラと一緒に旅をする理由があるにはあるのだけれども、そのことをゾラに言うのは多分、まだきっと、ずっと先かもしれない。こうしてそばで身体を寄せながら空を飛んでいるだけで、私がどれだけ心強くて、安心しているか、ゾラをどんな風に思っているのか、ゾラはまだ知らない。

『大丈夫』

 そう、もう一人の私が夢の中で言ってくれた言葉。
 大丈夫、いつか言える日が来る。
 大丈夫、いつかこの世界を本当に救える日が来る。
 二匹のドラゴンは強い思いを秘めながら、青い空を寄り添いながら飛んでいく。ほんの少しづつ変わり始めた、この世界の空を。
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プロフィール
HN:
宮尾 武利
性別:
男性
自己紹介:
東京都出身。
北海道在住。
(現在一時的に埼玉県在住)。
28歳。
普通の会社員。
しかしその実態は、獣化小説を書いたり、獣化情報を紹介したりする、獣化のおっさんなのだ!
2005年5月より情報紹介活動スタート。
同年9月より獣化小説の執筆活動開始。
やんややんやで現在に至る。
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