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pixivで連載中の作品を、こちらでも掲載していきます。

ルーパソンに住む少年リュカは、星にあこがれる少年。ある日村にやってきた占星術師カリスに星の話を教わっていると……。




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 リュカはいつも不思議に思っていた。
 夜になると、空には星というあんなにも美しいものがちりばめられ、光り輝くというのに、どうして自分たちはそれを見ずに、眠りに付かなければならないのだろうと。
 リュカはサウゼクリプシャーのルプストンに住む8歳の少年である。村でも屈指の大人しい少年だったが、8歳にもなるのに読み書きや算数も不得手であった。
 しかしどうしたわけか、天文に関してだけは深い興味と、学習意欲を持っており、友人たちと遊ばぬ時は、村の外れに住む天文学者の爺さんや、時たまグレーター・ゾディアから訪れる、占星術師の女から星の話を色々聞いては、字もまだよく読めないのにさまざまな書物をもらいうけ、家に帰っては読みふけっていた。
 そうしたことから、両親をはじめとした大人たちは、リュカの風変りな育ちようにいささか頭を抱えながらも、「天文学や占星術の道に進んでくれるのではないか」と、期待していた。天文学者や占星術師になれればこの時代、不自由ない未来が約束されたも同然だったからだ。
 しかし、当のリュカと言えば大人たちのそんな思いなんて知らず、ただただきらめく星に憧れを抱くばかりで、夜になれば寝かしつけられてしまうことに不満を抱いていた。

 ある日のこと、例によって占星術師の女が村にやってきた。女は名をカリスと言った。
 占星術師と言えば、多くは怪しげな小道具を沢山持ちあるき、難解な言葉を用いて人々を導くものだったが、彼女は変わり者で、道具はカードと分厚く古びた本を一冊持ち歩くだけで、方々の村々にふらりと現れては、村のあちこちの様子を見たり、人々の話を軽く聞き、気まぐれに数人軽く占っては、またどこかへ行ってしまう、風の様な女だった。
 しかも外見は女というより少女と呼ぶべき程若く、歳はまだ20にもならないとも、逆に実は優に300を超えるとも言われていた。
 だがその容姿、その風変りさに反して、彼女の占いはよく当たると評判であり、彼女が現れたという話を聞くと村人たちはこぞって彼女の行方を捜すのだった。
 リュカは普段天文学者の爺さんから、星の話を聞き、真剣には学んではいるが、やはり小難しい話が多く、リュカには理解できないことも多々あった。
 しかしカリスの話はこざっぱりとしていて、それでいてと言うべきか、だからこそと言うべきか、リュカの星々への関心を掻き立てた。
 この日もカリスにとっては気まぐれにルプストン村を訪れたにすぎなかったが、リュカはカリスの訪れを心待ちにしていた。
 カリスは村に着くなり鑑定を依頼されたが、ほどなく一通り鑑定を終え、群がる村人を避けるように村の中心地を離れると、いつもこの村に来たときに決まって泊まっているいつもの宿のいつもの部屋に向かった。するとそこには当たり前のようにリュカが待っていた。
 カリス自身と、宿屋の主人の計らいで、カリスが村に来た時に、リュカだけは特別にカリスの部屋に自由に入れるようにしているのだ。

「カリス、今日もすごい人気だね」
「リュカ、これは私が人気があるわけではないんだ。人は誰だって自分のことを知りたいし、自分以外のことを知りたい。それが理由であって、私はそれを占星術を使って教えているだけにすぎないんだ」

 カリスは占いの時に必要最低限のことしか話をしないから、口数が少ない占星術師とも言われることがあったが、リュカの前では大抵饒舌であった。自分を慕い、星に興味を持つこの幼い少年のことを、カリスはとても気に入っていた。
 だから、リュカに聞かれたことで、自分の知っていることは、星のことに限らず可能な限り何でも教えてきた。だがなぜか、肝心の占星術についてだけはあまりリュカに詳しいことを教えてくれなかった。

「どうしてカリスは、占星術を始めたの?」

 それは少しばかりの世間話を終えたあとに、リュカから唐突に寄せられた質問だった。カリスはどうしてそんなことを聞くのかと問い返したが、リュカは「だって何か気になったから」とだけ答えて、また同じ質問をしてきた。

「どうして、というほどのことでもないんだ。ただ、占星術を学ばなければいけない理由が私にはあったということだけだよ」

 カリスがそう答えると、当然リュカは「理由?」と聞いてきたが、カリスは「それ以上はリュカが知る必要のないことだよ」と優しく、しかしだからこそ冷たさを感じる口調ではぐらかした。

「じゃあ逆に聞くのだけれど、リュカはどうして占星術に興味を持ったんだい?」

 カリスに聞かれ、リュカはうーんと悩んでしまった。理由を考えれば、カリスの占星術を見て憧れたからなのだけれども、ならどうして占星術に憧れたのか、まだ幼いリュカには自分の考えなんて分からなかった。

「すまないすまない。意地悪な質問だったね。理由はどうであれ、リュカが占星術に興味を持ってくれたことは、私にとってとても嬉しいことだよ」
「なら、どうして占星術を教えてくれないの?」
「占星術はリュカが考えているような、簡単なことではないんだ。星のことを学だけではなく、もっと難しく、もっと厳しく、苦しいことなんだ」
「苦しい? 占星術がどうして苦しいの?」
「他人のこと、自分のこと、国のこと、世界のこと、星のこと。占星術は全て教えてくれる。知りたくなくても、全てだ」
「それはすごいことじゃないの? 苦しいことじゃなくて」
「すごいことであり、苦しいことなんだ」

 カリスはカードを広げながらリュカに説くが、リュカにはどうしても「占星術が苦しいこと」の意味が理解できなかった。カリスは丁寧に「背負うものの重さ」「世間からの目線」「平静を維持することの難しさ」を説明してくれたが、8歳の子供に大人が本気になって説き伏せるような内容でも無く、リュカの頭はただただ疑問符が浮かぶばかりだった。

「今日のカリスの話は、アウストリヌスみたいだ」

 アウストリヌスはリュカがよく会いに行く天文学者の爺さんの名で、カリスとも面識が会った。勿論カリスには今リュカの言った言葉は、自分の話が「アウストリヌスの話のように堅く難しい」という意味だとすぐに分かった。

「難しい話をするつもりは無かったのだけれども」

 カリスは苦笑いを浮かべながらカードをまとめ始めた。その時、手を滑らせてしまったのか、普段カードの扱いには手慣れているはずのカリスの手から、あまたのカードがこぼれ落ちてしまった。リュカは驚きながらも、とっさにカリスのカードを拾い上げようとした。

「駄目だ! 触るな!」

 カリスの大きな声に、リュカはびくりと小さな体を震わせてカリスを見上げた。しかし、リュカの手には既に一枚のカードがあった。

「急に大きな声を出してすまない。カードには占星術師それぞれの気が込められていて、他人が触れればその気が乱れて占星術に影響が出てしまう。それぐらいは教えておくべきだった」

 突然の大きな声に、驚き、怯えるリュカの頭を、カリスは優しく撫でた。

「ごめん、カリス。知らなくて」
「今言った通り、教えていなかった私の過ちだ。過保護では子供が育たないことを、理解したような気がするよ。ちなみに何のカードを拾ったんだ?」

 カリスに問われて、リュカは恐る恐るカードをカリスに差し出した。そのカードを見たカリスは、にわかに目を見開き、はっとした表情を浮かべた。二度ほど口を開閉して、言葉にならない何かを吐き出そうとしている様子だった。

「そうか、リュカ。君が占星術に、天文学に、星に興味を持った理由が、今分かった」
「どういうこと? カリス。僕は今何も言っていない」
「言わなくても分かることもある。占星術はそういうもの。自分が拾ったそのカードを見てごらん」

 リュカは首をひねりながらも言われた通り自分が手にしたカードを見た。書かれていた字と絵を見て、リュカは言った。

「オオカミ?」
「そう、オオカミ。そのカードはリュカにあげよう」
「え? でも一枚足りなかったらカリスが困るんじゃないの?」
「言った通り、一度他人が触れてしまったカードには、気が乱れてしまっている。新しいカードを用意するから、大丈夫。それにそのカードは、リュカを選んだんだ」
「僕を選んだ? 僕が選んだんじゃなくて?」

 今日のカリスの言っていることは分からないことばかりだと言わんばかりに、リュカは不満そうに口をとがらせた。

「そのカードを持って、アウストリヌスのところに行くといい」
「また難しい話を聞かなきゃいけないの?」
「占星術も天文学も、難しいことを覚えるということなんだよ。さぁいい子だ」

 カリスは再びリュカの頭を優しく撫でた。リュカは小さく頷くと部屋から飛び出した。カリスは部屋の窓からリュカを見送った後、部屋に散らばったカードを一枚拾い上げ、絵柄を確認した。書かれていたのは、クマだった。カリスは数秒そのカードを見つめた後、何事も無かったように他のカードを拾い集めた。

 宿屋を飛び出したリュカは、その後村の外れの天文学者、アウストリヌスの家へと向かい、彼と会っていた。
 アウストリヌスは突然訪問してきた少年を快く歓迎した。

「よく来たなリュカ。どうしてこんな時間に、急に訪れてきたんだ?」
「カリスに言われて来たんだ」
「カリスが村に来ているのか。しかし、何故?」
「このカードを、カリスが」

 リュカはアウストリヌスにカリスからもらったオオカミのカードを差し出した。アウストリヌスは目を見開いて驚いた様子だった。

「これは、カリスのカードか? どうしてリュカが持っているんだ?」

 リュカはアウストリヌスにカリスからカードを受け取った経緯を説明した。アウストリヌスは唸った。カリスが占星術のために大切にしているカードをリュカに渡した理由が、アウストリヌスには大体想像が付いていた。だが、それは彼にとってにわかには信じ難いことだったのだ。

「リュカ、お前はオオカミをどう思っている?」
「どう? どうって、どういう意味で?」
「どうという意味でも構わない。リュカが素直に、オオカミをどう思っているか。それを知りたい」

 アウストリヌスの突然の問いに、リュカは首をかしげた。なんだか今日は首をかしげてばかりだ。リュカは幼い頭で目一杯考えた。

「悪い動物だと思う」
「どうしてそう思う?」
「オオカミは人や家畜を襲うし、おとぎ話ではオオカミはいつも悪者だから」

 アウストリヌスはリュカの言葉に唸った。

「オオカミは悪い動物ではないのだよ。オオカミは"都合の"悪い動物なのだ。人間にとってな」
「都合の、悪い?」
「オオカミは馬を襲い、羊を襲い、牛を襲う。人を襲うことだってある。だが、それは人にとって悪いことであっても、オオカミにとっては悪いことではないのだ」

 リュカは納得がいかないという素振りで口を尖らせた。アウストリヌスはリュカの頭にポンと手を乗せて神妙な顔で告げた。

「リュカ、この国の町や村には、一つずつ物語があるのを知っているか?」
「知らない」
「このルプストンにも物語があるのだ」

 アウストリヌスは一つの本を取り出してリュカに読み聞かせ始めた。
 本の言葉をそのまま読み上げるアウストリヌスの語り口はリュカには難しかったが、話の大筋は何となく理解できた。
 昔このルプストンの一帯はオオカミが群れをなして多く暮らしている地域だった。しかし、やがてこのあたりの豊かな土壌がよいライ麦を育てるということが分かると、王都から人が越してき始め、それと時を同じくしてなぜかオオカミの姿もぱたりと見かけなくなった。
 幾年か経ったころ、村で生まれたある少年が夜な夜な家の外に飛び出しては、翌朝まで戻ってこないということがあった。大人たちは心配し、少年にどこに行っているのか訪ねたが、当の少年は記憶が無いといい、大人たちを困らせるばかりだった。

「どうしてこの子は夜な夜な外に出ていたの?」
「さぁな。星が好きだったのかも知れない」

 アウストリヌスはからかうようにそうリュカに告げたが、そう言われリュカはこの少年がどこか自分と重なるなと思った。アウストリヌスは話を続けた。
 ある夜もまた、少年は家からいなくなり大人たちはとうとう心配になって夜中に村の近くを探し始めた。すると村人の一人が村のライ麦畑で驚くべきものを見つけた。それはこのあたりではとんと見なくなったオオカミの姿だった。村人は他の村人に呼びかけて、このオオカミをライ麦畑から、そして村から追い出した。
 それから村人達はまた少年を探したが、とうとうこの日は見つからず、しかもこの日を境に少年は家に帰ってこなくなってしまったばかりか、突然ライ麦畑が不作に陥ってしまった。
 実は追いだしたオオカミはあの少年が変身した姿で、オオカミはこの土地にとって守り神であった。ライ麦畑は守っていたものがいなくなり、荒れてしまったのだった。

「少年が、オオカミになったの?」

 アウストリヌスの話を遮るように、リュカが問いかけた。アウストリヌスは「うむ」と頷いた。
 人間が動物に変身する。如何にもおとぎ話らしい話であったが、リュカはその話を聞いた瞬間、全身に寒気を感じて鳥肌が立った。それはリュカが今まで感じた事の無い、得体の知れない感覚だった。リュカは目線をゆっくりと、手に握りしめたオオカミのカードに移した。
 描かれたオオカミは、当然何を語るでもなく、ただそこに存在するだけだったが、守り神だったという話を聞いた直後であるせいか、オオカミの鋭い目線はまるでリュカに凄んでいるように見え、リュカは息を呑んだ。

「オオカミは、少年はどうなったの?」
「ふむ、勿論話にはまだ続きがある」

 ライ麦の不作に困った村人は祈りを捧げた。オオカミを村から追い出したことを悔い、再びライ麦が豊作となるよう、神を頼った。神は願いを聞き入れ、あの少年が変身したオオカミを空に上げ、いつでも村を見守ってくれるよう星に変えた。

「もしかして、おおかみ星?」
「その通り。おおかみ星は、この村を空から見守ってくれている守り神なのだ」
「おおかみ星にそんな物語があるなんて知らなかった」

 リュカは星々の名前ならたくさん知っている。おおかみ星のこともよく知っていたが、その星とこの村にそんな関わりがあって、物語があるだなんて思ってもみなかった。
 アウストリヌスが言うには、少年だったオオカミは、おおかみ星となって村を今でも見守っているという。

「古いおとぎ話だ。村でも知る者はあまり多くないだろう」
「オオカミが、この村の守り神なの?」
「そうだ。今もこの村を守ってくれているだろう」
「でも、おとぎ話なんでしょ?」
「おとぎ話の全てが、作り話だとは限らないさ。炎があるから、煙が生まれるのだから」

 リュカにアウストリヌスの最後の言葉の意味は分からなかった。だが、確かにおとぎ話が全て作り話だと言いきることが出来ないのは、リュカにも分かった。もっと小さい頃は、おとぎ話は全て本当の話だと思っていた。だけど最近はそれらが作られた物語であることに気付き始めた年頃だ。しかし、それらが本当に作り話なのかどうか、リュカに決めつける根拠は何も無かった。
 だから、リュカはこの物語の多くの部分が作り話であると決めつけると同時に、本当に作り話なのか、と疑う心も芽生えていた。特に、リュカの中でこの物語の内ある一部分が、特に引っかかっていた。

「人間がオオカミになることなんて、ありえるの?」
「リュカはどう思う?」

 確信を聞いたつもりだったのに、また聞き返されリュカはまた口をつぐんだ。どうして大人たちは答えをすぐに教えてくれず、考えさせようとすることがあるんだろう、とリュカは不満を感じていた。

「人間が動物になったなんて話、おとぎ話でしか聞いたこと無い」
「だから、信じられない?」
「分からない。でも、想像も出来ない。アウストリヌスは、信じているの?」

 リュカの問いかけに、アウストリヌスはホッホッホッと笑い声を上げただけで答えなかった。

「リュカ、この世界には、人間にとっては不思議なことが、沢山あるのだよ。カリスは、それをリュカに感じてもらうために、そのカードをお前に託したのだろう」
「不思議なこと?」
「これはわしの口から言っていいことなのか少し迷うのだが」

 と、アウストリヌスは長いひげに手を当てながら少し悩む素振りを見せた。しかし幼いリュカでも、それは大げさなジェスチュアだと感じた。アウストリヌスはリュカをちらりと見ると急に顔をぐいと近付けて凄むように言い放った。

「カリスは、占星術師ではないのだ」

 アウストリヌスの言葉に、リュカは目をぱちくりとさせたが、すぐに思い当たる節に気付いた。
 カリスは自らを確かに占星術師と呼んでいたし、占星術を使いこなせていた。しかし、彼女の使う道具は他の占星術師とまるで異なり、カードと本だけ。風貌もさっぱりとしていて、一般的にイメージする占星術師とは異なる。だがしかし、それでも占星術師ではないという言葉の意味はしっかりと呑み込めなかった。

「ふむ、カリスが占星術師であることを否定するような言い回しでは、少し語弊があったな。彼女が占星術師"でもある"が、実際は別の立場である、という言い方が厳密かもしれぬ」
「言っていることが分からない」
「カリスは、"宣星師"なのだ」
「宣星師?」

 リュカにとって初めて聞く言葉だった。宣教師、なら知っているが、宣星師とは何だろう。

「この世界、この空にはあまたの星々が輝いている。数え切れないほどだ。だが、その中で名前を持つ星の数は限られている」
「知ってる。48個だけ」
「そう。そして、その48という数は、この国の町や村の数と等しく、また占星術に使うカードの枚数とも等しいこの国と、占星術は、星ととてもとても大きな関係をもっているのだ。そして星とのかかわりが深いこの土地に、星とのかかわりが深い占星術を用いて、星の導きを伝え諭すのが、宣星師の役割なのだ」

 アウストリヌスの熱のこもった言葉は、やはり幼いリュカには難しく、その言葉の意味を理解することは出来なかった。しかし、リュカは自分の身体の内側から、まるで光が溢れるような不思議な感覚を感じていた。
 宣星師。占星術。そしてこの国。それを結ぶ星々と、48という数字。星と村と、オオカミの物語。幼いリュカの中で情報が、わずかな不安と恐怖、そしてそれを圧倒する興奮とで渦を巻く。
 自分がどうしてカリスからこのカードを渡されたのか。その真意はリュカにとって今は少しどうでもよかった。勿論気になることだけど、その疑問よりも、自分が憧れていた天文や占星術の世界の大きさに、リュカは今日初めて触れて、自分がその大きな世界の一部になれたような高揚感が、彼を支配していた。

「リュカ。知りたいことは沢山あろうだろう」
「うん。いや、どうだろう。知りたいし分かりたいけど、カリスやアウストリヌスに話をどれだけ聞いても、理解できないし覚えられないし」
「カリスもわしも、リュカには知識を伝えようとした。だが、リュカが身につけるべきはそういうことではないのかもしれぬ」
「どういうこと?」
「百を聞くより、一を見るべし。古いことわざだ。話を聞くことと、学ぶことは等しいことではない。だが、自分の目で見ることは、学ことと等しい。リュカ。その目で、その心で、多くのことに触れるんだ。リュカの知りたいこと。リュカの知るべきこと」

 リュカは頷く事も、首を振ることも、返事をすることも無く、ただアウストリヌスの目を見た。

「一つ。リュカにとてもとても大事な、そしてとっておきの情報を教えてあげよう」
「とっておき?」
「48の星はそれぞれ一年の中で最も輝く日がある。星を見るのに、一番の日だ。さて、偶然なのか、必然なのか。勿論おおかみ星にもその日があって、さて」
「もしかして、今日?」
「興味があるのなら、夜におおかみ星を探すといい。だが、一つお前に忠告をしておこう」
「今度は忠告?」

 覚えることが多くて、リュカは不満そうにぼやいた。アウストリヌスは「そうふてくされるな」と言いながら優しく諭したが、すぐに神妙な顔つきとなる。

「リュカ、お前は今、星を巡る大きな大きな運命の渦の前にいる。その渦から、逃げるのか、覗き込むのか、身を任せるのか。それはお前自身が決めることだ。だが、一度その決断を下せば、それは取り返しのつかないこととなる。お前の決断が、お前の生きる道を大きく変える。わしの言葉、意味を理解するのは難しいと思う。だが、だからこそ、感じるのだ」

 アウストリヌスの言葉に、リュカはまた頷くどころか返事一つ出来なかった。アウストリヌスの話が難しかったのは事実だが、だがそれが理由ではない。アウストリヌスの難しい言葉が示す、リュカの置かれている状況がどれほど自分にとって重要な意味を持つのか、感じていたのだ。
 カリスからもらったオオカミのカードを握る力が、強くなる。このカードをカリスから受け取ったことは、リュカが思っていた以上にとても大きな意味を持つことだと気づいた。

「今日は難しい話ばかり聞いて疲れただろう。そろそろ帰るといい。ゆっくりと、考えるといい」

 アウストリヌスの言葉にリュカは部屋を飛び出そうとしたが、扉の前で立ち止まり、アウストリヌスの方を振り返った。

「アウストリヌス」
「何かね」
「アウストリヌスは、宣星師なの?」
「わしが占星術を使ったところを、リュカは見たことがあるか?」

 リュカは首を横に振った。

「そういうことじゃ。お行き」

 リュカはそう言われてアウストリヌスの家を飛び出した。窓からリュカが離れていくのを見届けるとアウストリヌスは懐から何かを取り出した。

「"今は"宣星師でないのは事実だから、嘘ではないが」

 そうつぶやいたアウストリヌスが取り出したのは、一枚のカード。描かれているのは、冠。

「結局、占星術も、天文学も、少年一人の運命に気付いてやることも導いてやることも出来ぬということかの」

 アウストリヌスは寂しげにぽつりとつぶやいた。

 リュカが自分の家に帰ると、既に母親が食事の支度を始めていた。

「ただいま」
「遅かったわね。あの占星術師さん、来ていたみたいだけど、会っていたの?」
「うん」

 リュカは会ったことは認めたが、今日カリスやアウストリヌスから聞いた話は一言も話さなかった。口止めをされていることは無いのだが、リュカの中で何となく、今日のことは誰にも話してはいけないような、特別な秘密を持ったように感じていた。
 ただ、一つだけ確認しなければならないことが、リュカにはあった。

「今日の夜、おおかみ星が一年で一番明るくなるんだって。アウストリヌスが言ってたんだ」
「あら、そうなの」
「起きて、見ててもいいかな」
「駄目よ。星に、天文学に、占星術に、リュカが興味を持っているのはとても素敵なことだと思うけれど、子供はキチンと早くに寝なければだめよ。外に出て星を見るなんてもってのほかだわ」

 母親にそう言われ、リュカは納得がいかないという表情を作った。母親はそれを見て、優しい口調でリュカに問いかける。

「一年で一度だけ。でも、来年も再来年も、十年後も見れるのでしょう? 大きくなって本格的に星のことを学ぶようになってからでも遅くないわ」
「どうして、今から本格的に星のことを学ぶことを許してくれないの?」
「他にも学ぶべきことが、リュカには沢山あるわ」

 大人はいつだってそうだ。星を学ぶ道である天文学や占星術に憧れ、羨み、妬むのに、その道に進みたいというリュカの気持ちを尊重してくれるのに、学ぼうとすると否定する。字が読めるようになってからでは、計算が出来るようになってからでなければ、天文学や占星術を学んではいけないなどという決まりごとが、あるわけでもないというのに。
 リュカはこの時は渋々引きさがり、母親が用意してくれた食事を、仕事から帰ってきた父親と共に食べた。そして母親が台所仕事で食卓を離れたすきを見て、父親にもその話を振ってみたのだ。そしておおかみ星が見たいと訴えた。

「母さんは駄目って言ったのかい」
「うん」
「母さんならばそう言うだろう。私も、リュカが夜遅くまで起きているのは反対だ。でもな」
「でも?」
「リュカはどうして、母さんに駄目って言われたら、それをやらないのかな?」
「だって怒られるから」
「怒られないことが、いいこと?」
「大人は、そうやって質問ばかりする」
「ははっ、そうか、例の天文学者の爺さんにも、質問攻めにでもあったのかい? 疲れた顔をしていると思ったんだ」

 父親はそう言って短く笑ったが、すぐにリュカに対して「おいで」とそばに呼び、自らの椅子に一緒に座らせた。

「リュカ、大人はアレは駄目、これは駄目、アレをしろ、コレをしろ、なんて言うことを子供に対して色々と言いたがる。母さんも、私も、あの占い師の女も、天文学者の爺さんも、学校の先生だって、村長だって、国王だって、誰だって彼だって子供に対して好き勝手なことを言うんだ。なぜなら大人は、今まで色々ないい経験、色々な悪い経験をしてきて、それを少しでも子供に分かってほしくて、こうあるべきだっていう、理想の子供を頭の中でイメージして、作り上げてしまう。自分の幸せ、不幸せを、子供にも当てはめてしまおうとするんだ。だから教えるし、褒めるし、怒る」
「母さんは特に怒る」
「それは母さんが誰よりも、お前のことを考えているからさ。でも、お前がなりたいのは、母さんが考えるいい子かい? それとも、天文学者や、占星術師かい?」
「天文学者か占星術師」
「そうだろう。ならば大人の言葉を聞いて、考えて、それでも自分にとって、天文学者や占星術師の道を進むために、大人の言ってることを破らなきゃいけないと思うなら、怒られる覚悟で破ってもいいと、思うんだ」
「怒られるのは、いいことじゃない」
「でもリュカは、いい子になることが目的じゃないんだろう? 破って、怒られて、どうして怒られたのか。よーく、よーく、考えるんだ。そして、怒られない生き方を考えるんだ。怒られない生き方っていうのは、怒られる様なことをしない生き方じゃない。怒られる様なことを、怒られない様にするために、認めてもらうための生き方だ。僕はこう生きた。だから学んで、怒られるはずのことを怒られないで出来るようになったんだ! 怒られたから、こういうことに気づけたんだ! そう胸を張れる大人になるんだ。それが、学ぶってことなんだよ」

 リュカは父親の言葉に真剣に耳を傾けていたが、言葉が終わると小さくうなずいた。

「父さんは、リュカを応援している。でも、母さんの気持ちもわかる。だからこれ以上のことは、言えないのだけれども。でも、どうするか決めるのは、リュカだ」
「ううん、今聞いた話、自分でも考えてみる。難しいけれど、色々と、色々と。考えてみる」
「そうするといい」

 リュカは椅子を飛び降り、父親の方を振り返って「ありがとう」と告げると自分の部屋へと向かっていった。その直後、台所仕事を終えた母親が食卓について、なぜか誇らしげな顔を浮かべる父親のことを見つめながらぽつりとこぼした。

「あなたの言葉を聞いていると、どうして男はロマンを語りたがるのかと思うわ」
「それは偏見さ。女が現実主義者だと言うと、君も怒るだろう?」
「あの子には、普通に育ってほしいだけだわ」
「天文学者や占星術師を目指す時点で、リュカは普通じゃあないし、普通と呼べるような天文学者や占星術師はいないだろう? 普通でいてくれ、だけど天文学者や占星術師にはなってほしい。親にそこまで望む権利はあるのかな」
「導くのは親の義務だわ」
「義務は諭すこと。導くまでしようとするのは、大人のエゴだよ」
「あなたのそういうところが好きで、あなたを選んだけれど、子育てになるとその難しさが分かったわ」
「難しいから子育て。父親と母親が違うことを言って、子供が悩むから、子供が育つ。そして私たちも悩むから、私たちも育つ。私はそう信じてるよ」

 父親の都合のいい言い訳に、母親はうんざりという表情を浮かべ呆れながらも、笑顔を浮かべた。悩ましいけれども、これが人を好きになり、好きになった人の子を育てるのだということを考えれば、その悩みさえ贅沢なものなのだろうと感じていた。

「リュカはいい子に育つさ。君がいる」

 父親は母親のそばに座り、彼女の頭に手を当てて、そっと抱き寄せ、母親の額に口づけをした。
 両親の食卓での様子を知らないリュカは、さっきの父親の言葉を自分の部屋でじっくり考えていた。それだけじゃない、今日は色々な大人たちから色々な話を聞いて、リュカのまだ幼い頭はパンクしそうだったから、それらを一つ一つ整理をしていた。
 一つ、カリスはリュカに大切なカードを一枚くれた。それはオオカミのカード。
 一つ、今日は一年の内である星が一番輝く日。それはおおかみ星。
 一つ、この村にはある動物に関する昔話がある。それはオオカミの話。
 オオカミというキーワードが、今日の一日だけで何度も出てきた。今日一日でだ。リュカにはまだ運命という言葉の本質を知らないけれども、意味は何となく理解していたし、これがそういうことなのかというのも、何となく感じていた。
 カリスは言っていた。リュカがカードに選ばれたのだと。
 アウストリヌスは言っていた。今リュカは星を巡る大きな運命の渦の前にいて、どうするかはリュカ次第であると。
 父さんは言っていた。時には怒られてでも、自分で決めるのが大切だと。
 目には見えないけれど、今自分がとてもとても大きな決断を迫られていることをリュカは感じていた。たかだか星を見るか見ないか。ただそれだけのこと。それがリュカにとってただそれだけのことではないこと。リュカは、分かっていたし、本当は大人たちのどんな話を思い返すまでも無く、心は決まっていた。

 夜は更け、リュカは寝間着に着換える。窓の外には星空が広がる。ただ、リュカの身長と、窓の角度からではそのほとんどは見えない。
 リュカはカードを握りしめ、布団に入らずにベッドの上に膝を抱え座り込んでいた。リュカの心は決まっている。決まっているけれど、決まっているのに、何も出来なかった。胸に何か濡れた布でも巻きつけられたかのような気味の悪い息苦しさを感じる。
 居間の方から、カツンカツンと大きなからくり時計の音が響いてくる。両親も寝静まっている。一人部屋を与えられているリュカとは、別の部屋で寝ている。静かに、静かに動けば、気づけば外に出れるかもしれない。だからリュカは、本当に両親が起きてこないだろうという時間まで、起き続けようと考えていたのだ。
 リュカの部屋に時計は無いし、居間から聞こえるからくり時計の音から時間を計算することだってリュカには出来ない。だけど、大体もう日付が変わっただろうかとリュカが感じた時、リュカは静かに動き出した。音が鳴らないように、靴は手に持ち、もう片方の手にはオオカミのカードを握りしめながら。
 こんな遅くまで起きていたことは初めてだったが、眠くなるどころか、異様な緊張感と背徳の罪悪感、そして何よりの高揚感で、リュカは興奮していた。だが、頭は自分でも驚くほど冷静に冴えわたり、身体もなぜか軽く感じた。足音をたてないように慎重に足を運ぶが、まるで足が浮いているんではないかと錯覚するほどだった。
 リュカは廊下を抜け、居間を通り、玄関の戸に手をかけた。つばを一度飲み込み、ゆっくりとゆっくりと、戸を開ける。
 そして外に出た瞬間、リュカは息を呑んだ。リュカの目に一番に飛び込んできたのは、何よりもやはり、満天の星空だった。空気が透き通っているのか、あまたの星の光で空が明るく見えるからか、夜空は黒というよりも濃紺に近く、そのキャンバスの上に白や赤や黄色、さまざまな色の小さな点が数え切れないほど輝いていた。
 リュカは、腹の底から喉元まで上がってきた歓声を、必死に飲み込もうとした。ここで声を上げてしまえば、両親にすぐ気付かれてしまう。リュカは興奮で粗くなりがちな息を必死でひそめた。
 ゆっくりと戸を閉め、靴を静かに地面に置き、足に微かについた土ぼこりをはらった後、足を靴に入れた。あたりを見て、人がいないことを確認する。そして空を見上げながら、おおかみ星を探す。だが、すぐには見つけられなかった。
 今日この空で、一番明るい星を探す。おおかみ星の出る大体の方角は分かっているが村の周囲は山で囲まれており、どうやら村のほとんどの場所からは見えそうになかった。リュカは空を見上げながら、視界の開けるところを探しにゆっくり歩き出そうとした時だった。
 ふとした瞬間に冷静になったリュカは一つの違和感に気付いた。さっきまで確かに手に握っていたはずのカードが、いつの間にか無くなっていたのである。
 リュカは慌てて足元を見渡す。カードが落ちていないか調べた。しかし、カードは見つからなかった。
 靴の中に誤って入っていないか。服に引っかかってはいないか。リュカは思いつく限り調べてみたが、やはり見つからない。もし家の中に落としたのだとしたら、取りに戻らなくてはいけないし、それはとても面倒だった。
 リュカは慌ててあたりを見渡した。すると、ある方向できらりと何かが光ったのに気が付いた。リュカはその方向を見るが、その光のもとが何なのか気付いた瞬間に目を疑った。光の元は、あのリュカのオオカミのカードだったのだ。
 どういうことなのか、リュカにはさっぱり状況が理解できなかった。カードがカンテラのように光ることなどあるのだろうか。しかも、リュカのひざ下ぐらいの高さまで宙に浮いているのだ。まるで魔法でも見てるかのようだったが、魔法はおとぎ話の世界にしかないことを、リュカは理解している。しかし、それを理解しているから、今この状況が理解できなかった。
 するとカードは突然、ゆっくりとふわふわと宙を漂いながら、リュカから離れ始めた。「待って」と小さくつぶやいて、リュカは慌ててそれを追いかける。

「はぁっ、はぁっ」

 リュカが追いかけても、まるでリュカの走る速さに合わせるように、カードも離れていく。リュカは困惑していた。星が見たくて外に出ただけなのに、どうしてカードを追いかける羽目になっているのか、訳が分からなかった。
 だが、走っているうちに、カードを纏う光が強くなり、何かの形がおぼろげに浮かんできた。薄ぼんやりと、何か、動物の陰の様なものが、見える。その動物の姿がはっきりと分からなくても、リュカはそれがなんのカードが知っているから、その動物が明確でなくても、類推が容易に出来た。

「オオカミ?」

 リュカは戸惑って一瞬足を止めた。すると光を纏ったカードも、はたりと止まった。リュカは、カードが纏った光をよく見る。確かに見える。四本の足を持ち、ふわっとした尻尾が見える。光が強く、輪郭はリュカの目でははっきりと捉えられないが、やはりその姿はオオカミだ。
 光のオオカミは息を切らすリュカを確認したのかと思うと、またリュカに尾を向け、走り出す。

「どこに行くんだ!」

 リュカの問いに、光のオオカミはもちろん応えない。まるでリュカを誘うかのように光のオオカミは時に早く、時にゆっくりと、リュカをちらちらと確認しながら走る。
 幼い足でリュカは光のオオカミを追う。初めは光のオオカミがどこに向かっているのか見当がつかなかった。
 だが、リュカもこの村のことは隅々まで知っているし、どこに何があるのかも分かっている。そして、リュカは今日聞いた話をふと思い出して、今自分が向かっている方向に照らし合わせて、光のオオカミがどこに向かおうとしているのか、薄々気づき始めた。
 そうだこの村には一か所、周りの山から距離があり、あたりがよく見渡せる場所が確かにある。まさか、と思いつつもリュカはその場所を頭に思い浮かべながら光のオオカミを追った。
 やがて、光のオオカミとリュカは、果たしてリュカの思った通りの場所に辿り着き、リュカはぽつりとつぶやいた。

「ライ麦畑、オオカミ。まるで、まるでこれは」

 まるでこれは、あの話のようじゃないか。リュカは震えた。つばを一つ飲み込む。まさか、光を纏ったこのオオカミは、まさか。

「君は、おおかみ星?」

 このリュカの問いにも、光のオオカミは応えない。しかし光のオオカミは頭をゆっくりとあげ、空を見上げた。それにつられてリュカも、空を見上げて、思いだした。
 そうだ、本当の目的は、星を見ること。目的を思い出したリュカの目に飛び込んできたのは、無数の光。ちりばめられた星々。さっき家を出た直後に見たものの比じゃない。どこまでも、どこまでも星空。リュカはまるで全身に稲妻が走り、痺れているのではないかと思うほど、身体は震え、息を呑んだ。これが、星。これが天文。これが、リュカの望んでいた、リュカのあこがれていた、本当の空。
 そして、その星々の中でも一際明るい光を放つ一つの星を見つけ、リュカの興奮はピークに達した。青白く、力強く輝くその星は、間違いない。

「おおかみ星だ!」

 興奮のあまり叫んだリュカは、しかしそれと同時に冷静さを急激に取り戻し、自分の置かれている状況に引き戻された。
 自分をこのライ麦畑に導いたあの光のオオカミ。それがいつの間にかいなくなっていたのだ。
 リュカはあたりを見渡したが、すぐに自分の手に違和感を感じた。手放したはずのオオカミのカードが、いつの間にか自分の手に握られていたのだ。
 まさか、本当はずっとカードを持っていたのに、無くしたように錯覚したのだろうか。だとすれば、ここまで導いてくれた光のオオカミは、幻か何かだったとでも言うのだろうか。
 リュカはカードを睨みつけた。このカードはさっきオオカミの形の光を纏って、リュカをここまで導いた。それは信じられないことだけど、確かにこの目で見たのだし、夢や幻だったともリュカには思えなかった。しかし、だからこそ、今何が自分の身に起きているのか、リュカには分からなかった。
 リュカは改めて周りに人の気配も、オオカミの気配も無いことを確認すると、手にしたカードのオオカミを見つめながら小さな声で、問いかけた。

「君が本当に僕を選んだの? どうして僕を選んだの?」

 カードは何も起きない。風がライ麦を揺らす音だけがリュカの耳に届く。ザザ、ザザ、とライ麦の穂が揺れる。何も起きない。何も。
 リュカは何だか、言い表せないモヤモヤとした感情が胸に渦巻いていることに気が付いた。こんなことをするために、わざわざ両親の目を盗んで外に出てきたわけじゃない。光のオオカミなんていう、得体の知れないものに気を盗られて大事なことを見失ってはいけない。リュカは首を横に振ると空をまた見上げた。変わらずおおかみ星が輝いている。
 今日、さまざまな大人たちから、さまざまな話を聞いて、何か今日、リュカには運命的な出来事が起こりそうな気がしていた。しかし、運命はそうそう動いたり、変わったりするものじゃあない。
 今日は目的としていた、一年で最も輝くおおかみ星を見ることが出来た。それで十分じゃないか。リュカは自分にそう言い聞かせて、一つ深呼吸をした。
 星にあこがれて、夜空にあこがれて。今日ついにそれを見ることが出来た。これだってリュカの長い人生の中では大きな大きな一つの転機だ。それでいいじゃあないか。リュカは自らに言い聞かせ、夜空をしっかりとその幼く小さな瞳に焼き付けた。
 その時、微かに村の方から何かの気配を感じ、慌ててリュカは振り向いた。ザッザッと、何かが近づいてくる。村人だろうか。リュカは一つつばを呑みこんであたりを見渡した。
 もし今、村人に見つかってしまったら。一体どれほど怒られるのだろう。リュカはにわかに、自分が今していることへの罪の意識が芽生え、慌てた。何とか、村人に見つからないようにしなければ。
 リュカは隠れる場所を探したが、すぐに見つかった。目の前にあるのだ。ライ麦畑ならば、幼いリュカの背ならば、奥まで入って身を低くして息をひそめれば、そばを人が通っても気づきはしないだろう。
 リュカはなるべく音がならないように、静かにライ麦を掻きわけて畑の中へと入っていく。ある程度深く入ると身をかがみ、息をひそめる。
 どうしてこんな時間に、村の方から人が来るのか。リュカは呼吸を殺しながら、耳をそばだてる。話声は何も聞こえない。だが、足音から、やってきている人は一人ではないことが分かった。
 リュカは手に滲んだ汗を、ズボンで拭う。その時の衣擦れの音も大きくならないように、細心の注意を払った。ライ麦の穂で、畑の外の様子は見えない。聞こえる音だけが頼り。リュカは目を閉じて、じっと足音が通り過ぎるのを待った。
 やがて足音は、徐々にライ麦畑から離れていき、最後には聞こえなくなった。リュカは人の気配を全く感じなくなったことを確認すると、大きく一つ溜息をついた。
 その瞬間だった。リュカは人のものではない、別の気配を感じた。リュカが慌てて振り向くと、そこにはあの光のオオカミがいつの間にか現れていたのだ。リュカは自分の手を確認する。カードが、また無くなっている。
 光のオオカミはリュカにゆっくりと詰め寄ってくる。リュカは光のオオカミをしっかりと見据えながら後ずさりするが、足場の悪い畑に足をすくわれ、リュカはすぐにバランスを崩してしまった。そして光のオオカミはその瞬間を見逃さなかった。
 オオカミは音もなく地面を蹴ると、リュカへと飛びかかった。

「あっ」

 リュカの小さく細い声が喉から漏れた。素早い動きで襲いかかる光のオオカミは、その形をとどめずほぼ光そのものとなってリュカに降り注いだ。
 リュカは突然のことに身動きとれず、バランスを崩したまま後ろへとのけ反った。リュカの身体は宙に浮いたまま、オオカミの光に包まれた。
 リュカは身をこわばらせて地面に着いた時の痛みに堪えようとした。しかし、どれだけ待ってもリュカの身体が地面につく様子はなかった。リュカは恐る恐る目を開き、あたりの様子を確認した。そして目を疑った。リュカの身体は光に包まれて、宙に浮いたままだったのだ。
 リュカは更に目を凝らして自分の身体を確認する。纏ったその光は、リュカに降り注いだ後またオオカミの姿になったらしく、リュカの手を覆う光は前足の形に、リュカの足には後脚の形に、そして、よくは見えないがリュカの顔には鼻先のとがったオオカミの顔の形になって光っていた。
 リュカの身体は全身を見回せるぐらいには、首と目、手足を少しずつ動かせたが、まるで光に拘束されているかのように自由が効かなかった。
 そしてその内、リュカは胸に痛みを感じたかと思うと、その痛みが全身を駆け巡っていった。まるで皮膚が焼け、千切れそうな痛み。リュカは痛みに耐えられず叫び声を上げそうになったが、その声さえ出てこないほどの痛みだった。
 リュカは痛みを、こぼれ落ちそうな涙を堪えながら、自分の身に何が起きているのか確認するため自分の身体を確認した。そして、とても驚いた。
 初めはリュカを覆う光が薄くなっているかのようにも見えた。しかし、実際は違った。光が薄くなっているのではなく、リュカの姿が、光に近づいていっている。そう、リュカの身体が、徐々に徐々にオオカミへと変化し始めていたのだ。
 フーッ、フーッ、と息をもらしながら、リュカの鼻先は黒ずみ、大きく前へと突き出していく。皮膚からは白い毛がブワッと噴き出し、瞬く間にリュカの顔を、身体を覆い、その姿を人ならざるものへと変えていく。
 髪の毛は全身を覆う毛に合わせるかのように色素が落ちて白くなっていく。耳は徐々に尖っていき、頭の上へとピンと突き出した。
 リュカの身体は一回り大きくなり、身体の大きさに耐えられなくなった服は、はだけ、破れていく。そこからあらわになるリュカの身体ももう、人間のものではなく、毛で覆われた獣のものだった。
 手の指、足の指は短くなっていき、その形はまさに光と同じ、獣の前足と後足へと変化していく。爪は鋭く伸び、手のひらの皮膚は黒くなり、やわらかな肉球となった。腕も、脚も骨格が変わっていき、尻尾が生え、宙に浮かんだリュカの身体からだらんと垂れさがる。
 リュカは自分の姿の全てを見れるわけではなかったが、自分の身に何が起きているのかは理解していた。理解はしていたが、受けいることが出来なかった。
 アウストリヌスから聞いた昔話。それが、本当におこるなんて。しかも、自分の身に。痛みと、言い表せない感情の爆発から、リュカの瞳からは涙がこぼれ、頬の毛を濡らす。それと同時に、リュカの口から大きな大きな声が放たれる。

「ウォォォォォォォン!」

 あたりに遠吠えが響き渡る。リュカはその自分の声を聞いて、全てを確信した。認めたくはないが、認めるしかない。リュカは、オオカミになったのだ。
 リュカの身体は完全に、彼が纏っていた光と同じ姿となってしまった。そして宙に浮いていた彼の身体は徐々に地面へと降りていき、接地した瞬間、微かに彼を包んでいた光は霧散した。
 ライ麦畑にはもう、リュカという少年はいなかった。いるのは全身の痛みと、どうしたらいいのか分からない現実に直面し、震えている、ただの一匹のオオカミだった。
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プロフィール
HN:
宮尾 武利
性別:
男性
自己紹介:
東京都出身。
北海道在住。
(現在一時的に埼玉県在住)。
28歳。
普通の会社員。
しかしその実態は、獣化小説を書いたり、獣化情報を紹介したりする、獣化のおっさんなのだ!
2005年5月より情報紹介活動スタート。
同年9月より獣化小説の執筆活動開始。
やんややんやで現在に至る。
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